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オシム倒れる!!!

オシム監督、緊急入院 脳梗塞で倒れるby 


サッカー日本代表のイビチャ・オシム監督(66)が16日に急性脳梗塞(こうそく)で倒れ、千葉県浦安市の順天堂大学医学部浦安病院の脳神経内科・脳神経外科に緊急入院した。集中治療室で医師団の治療を受けているが、日本サッカー協会によると、病状は不安定という。

 オシム監督は同日午前2時すぎ、自宅でイングランド・プレミアリーグのテレビ中継を観戦した後、倒れた。

 午後4時50分ごろ、緊急会見した日本協会の川淵三郎会長は「かなり厳しい状況です。日本代表の今後がどうのというより、ともかく一命をとりとめてほしい」と苦悩の表情を浮かべた。

 身長191センチながら体重も90キロと巨体のうえ高齢のオシム監督は、心臓に持病を抱えており、毎月、糖尿病や血圧などの検査を続けていた。

 オシム監督は2003年に来日し、「考えて走るサッカー」を掲げJリーグ一部の市原(現・千葉)監督に就任、チームを強化すると、2006年7月、ジーコ監督の後任として日本代表監督に就任した。

 昨夏のドイツw杯で惨敗した代表の立て直しという難しい作業だったが、「俊敏でアグレッシブな日本らしさ」を強調しながらまとめあげ、今年夏のアジア杯は4強どまりだったものの、秋口からの欧州遠征で強豪のスイスを破り、エジプトに快勝するなど強化は確実に進んでいた。

                    ◇

 オシム監督は1959年に故国ユーゴスラビア・サラエボのチームでプロとしてのキャリアをスタート。日本には1964年の東京五輪にユーゴスラビア代表として来日しており、その際、日本人の温かいもてなしが、再来日を決めた理由の一つとされている。その後、フランスのチームを渡り歩き、1978年に現役を引退。12年の選手生活で85得点した。

 引退とともに監督業に転身し、1990年のイタリアW杯では代表監督してユーゴスラビアをベスト8に導いた。その後はギリシャ、オーストリアのクラブチーム監督を務めるなどした。市原では2005年にナビスコ杯で優勝を遂げた。

 サッカーの一方で名門サラエボ大学で数学や物理学を学び、その発言は「ライオンに襲われた野ウサギが逃げ出すときに肉離れをしますか」などウイットに富んだ哲学的な発言が多く、「オシム語録」として、日本でも人気を博している。




相当ヤバイのか?

これで、もし監督交代みたいなことになって、変な日本人監督になったら
もう、オシマイだって!!!




イビチャ・オシム

イビチャ・オシム(Ivica Osim, Ивица Осим、本名 イヴァン・オシム, Иван Осим、1941年5月6日 - )は、旧ユーゴスラビア(ボスニア・ヘルツェゴビナ)のサラエボ出身のサッカー選手、指導者。愛称はシュワーボ。

2003年よりJリーグ ジェフユナイテッド市原(2005年シーズンからジェフユナイテッド市原・千葉に改称)の監督を務めた。在籍4年目の2006年時点でJリーグ最年長監督であったが、代表監督就任要請を受け辞任。同年7月21日、日本代表監督に就任した。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)


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2007/11/17 17:54 | サッカーCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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